日本語に係わる色々な分野の方が、いろいろな内容で短い記事を書いたり対談したりという形式の本です。
これも発行は平成四年。
今は文庫でも出てるようですが(最新日本語読本 (新潮文庫)
20年前の刊行です…なので「最新」と書いてあるのは20年前の「最新」ということ。
読んでると、その20年前の亡霊がところどころで現れてきます。
広辞苑第四版(最新は第六版)
E電(死語の世界入り済み)
ワープロ専用機(当時は最盛期だったのです)
フロッピーディスク(ドライブ自体がもう生産終了)
軽チャー(見聞きするだけで恥ずかしい言葉かも)
超訳(まだ有るようです)
シドニイ・シェルダン(調べたら2007年に亡くなってました)
悪魔の詩(そう言えばありましたね…)
サルマン・ラシュディ(湾岸戦争のころの話です)
長嶋ジュニア プロ入り5年目(タレントじゃない時代がありました)
幸福の科学(………)
などなど。
上げていくとキリがないので止めておきます(笑)。
興味深かったのは「日本ワープロ解体新書」という記事です。
文化系と理科系という大雑把な分け方は、徳川300年の封建社会と、ルネサンスを経験しないで明治維新を迎えた後遺症ではないかというまとめなのです。
西欧では科学や技術は、士農工商の「工」の層のものでした。
ルネサンス期の三大発明と呼ばれるものがあって、火薬(火砲)・羅針盤・活版印刷がそれにあたります。
初めの二つはイスラムや中国伝来の技術ですが、活版印刷はドイツのグーテンベルクによるものでした。
この人は貴族出身ではあるけれど、金属加工職人、貨幣鋳造職人だったのです。
「工」の層ですね。
これは一例にすぎないけれど、西欧では科学や技術は現場の人間、つまり庶民のものだったのです。
一方日本の場合。
江戸時代は、科学や技術の発達が抑制されていた時代でした。
たとえば日本でもグライダーを作ろうとした人はいたのだけど、やってるうちに捕まって追放処分になってしまったくらい。
「工」の層では発明や工夫は奨励されず、道具の進歩も殆ど無く…したがって職人は己の腕を磨くことで、扱いの難しい道具を使いこなさねばなりませんでした。
その後明治維新があり、海外の科学や技術が導入されましたが、その担い手は士農工商の「士」出身のエリートたちです。
つまり日本では科学や技術は特権階級のものであり、「壁の向こう」側のものであったというわけです。
それがずっと後を引き、いまでも「理科系」は線引きされた壁の向こう側のものなのである…というまとめでした。
本当かどうかは判らないけれど、話としては面白いです。
あとは…はじめの方に、丸谷才一・中村雄二郎・井上ひさしによる「名前のつけ方教えます」という座談会が収録されています。
こどもの名前から地下鉄、勅撰和歌集、地下鉄、雑誌、相撲取り、会社の名前などなど、さまざまなものを取り上げています。
でも、言ってる内容はごく当たり前のことばかりで、取り立ててコメントするようなことはないのですね。
ないものねだりですが、キラキラネームとかDQNネーム(って皆さんどんなのか判る?)に関する対談とかあれば読んでみたいなと思いました。
クリックしてもらえると嬉しいです(^^)。

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