2012年7月3日火曜日

『やし酒飲み』読了

アフリカはナイジェリアの作家、エイモス・チュツオーラの本です。

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わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通用していたので、どんなものでも安く手に入り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。
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という書き出しから始まります。
どことなく『吾輩は猫である』に似てません?



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父は、わたしにやし酒を飲むことだけしか能のないのに気がついて、わたしのため専属のやし酒造りの名人を雇ってくれた。彼の仕事は、わたしのため毎日やし酒を造ってくれることであった。
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そういうわけで毎朝150樽のやし酒が用意され、それも午後二時には無くなってしまうので夕方さらに75樽が追加され、夜の間はそれを飲む、というのが出だしにおける主人公の生活なのでした。



…それだけでは何のお話にもならないのですが、やし酒造りが死んでしまうところから話が動き始めます。
この本の世界では、「この世で死んだ人は、みんなすぐに天国へは行かないで、この世のどこかに住んでいるものだ」と言われているのですね。
やし酒飲みは再び名人の酒を飲むため、住んでいた町を出て奥深い森林や森の奥深くに分け入っていくのでした…



と、こう紹介されると、世界中に多々見られる冥界往還の物語を想像してしまいます。
文章もどことなく、「古事記」の国生み神話とか、五穀の起源とか、ナマコの口が裂けている訳とか、何かその辺りの文章に似ているし…翻訳者さんが意図的に模している部分もあるのでしょうが、これはやはり元の文章自体が、一般的な現代的な「小説」の文章ではないのだと思います。

これは「物語」ではあるけれど、「小説」ではない。

読み手の歓心を呼び、
意図的な起伏をつけ、
結末に向かって回り道しながら向かっていく、
そういう文章ではない。

不思議な文体です。



文体だけでなく、内容も不思議です。
名人のいる死者の国に行って帰って終わりではなく、
死者の国に行くまでも(それから帰った後も)、いろいろあるのですよ。



しょっぱなからいきなり「神様」が出てくるし、
「死神」を住処から連れ出して野放しにさせちゃうし、
神様はそれに驚いて、これも行方をくらませちゃうし。

妻を娶って、
子どもができて、
その子どもが一種のバケモノだったので家に火をつけて焼き殺して(!)、
でも子どもは死んでなくて体半分で蘇って、
しかたなく子ども連れで死者の国に向かうのだけどやっぱり邪魔で、
困っていると太鼓打ちと歌唄いと踊り手の3人組に出会って、
で、子どもはその3人について行っちゃったので、
身軽に戻れてよかったね、と。

旅の途中で出くわす生き物は、
背丈4分の1マイル、胴回りは6フィート、頭や手足はなくて一番上に目が一つ、全身真っ白、
とか、
象くらいの大きさで、指の爪は2フィート、4本の足は丸太くらいの太さ、胴体は馬の尻尾の毛のような長くて黒い毛で一面におおわれ、とても汚らしい。頭は胴体の十倍もあり、5本の角が頭と水平になるまで曲がって生え、長さ1フィートで牝牛の角くらいの厚さの歯が生え、
とか。



…あぁ、私は一体何を書いているのでしょう(^^;
でも本当に、この通りなのですよ(^^;;;



今時の日本人って、多かれ少なかれ、子どもの頃から色々な文化圏の神話や言い伝えに親しんでるものじゃない。
日本神話とか、
ギリシャ・ローマ神話とか。

時代が下ってくるとそれだけじゃ済まなくなって、
ネイティブ・アメリカンの神話とか、
インド神話(系統いろいろ)とか、
パプア・ニューギニアの言い伝えとか、
死海文書とか、
カバラ数秘術とか、
錬金術とか、
果ては創作であるクトゥルー神話とか…
そんなものまで基礎教養的な性格を帯びて来ています。



ところがアフリカって…

やっぱり私たちは(厳密には「私は」だけど、「私たちは」で間違っていないはず)、
その文化の底流に流れるものを、
殆どまったく知らずにいる、
と思うのです。



それに知ろうにも、参考文献にあたるものの入手さえままならない。

エヴァンゲリオンを見て死海文書って何?となっても、ネットで検索すればある程度情報は手に入ります。
だけどこの本に出てくる「不帰の天の町」「白い木の誠実な母」「赤い婦人」って何だろう?と検索しても、せいぜいこの『やし酒飲み』の情報くらいしかヒットしません。
「赤ん坊の死者」が一番恐ろしい生物だというのは何故?…それも全く判らない。



読む人が読めば、「ああ、これはアレだな」と、出どころがある程度推測できるし、それが表しているものの意味も見当がつくのでしょう。
読み終わったとき、ものすごく「置いてけぼり感」を感じてしまった本でありました。

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